大阪地方裁判所 平成5年(レ)164号 判決 1994年7月01日
控訴人
松岡良輔
被控訴人
あぞの建設有限会社
右代表者代表取締役
余﨑照光
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人勝訴の部分を除きこれを取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、九万五八七五円及び二三万〇四六五円に対する平成三年一二月三一日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文一項と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被控訴人は、土木建築工事請負を業とするものである。
2 控訴人は、被控訴人との間で、平成三年一二月一日、次のとおりの雇用契約を締結した(以下「本件雇用契約」という。)。
(一) 作業内容 建設現場における土木作業等
(二) 日当 二万円
(三) 時間外割増賃金 一時間当たり三一二五円
(四) 交通費 全額支給する。
(五) 支払日 同月三〇日
3 控訴人は、被控訴人に対し、同月二日、五日、六日、九日、一〇日、一一日、一二日に労務を提供した。
4 控訴人は、被控訴人の業務命令に応じ、同月九日、一〇日、一一日、一二日に各最低一時間の時間外労働を行った。
5 控訴人は、右就労期間中、次のとおり合計八五九〇円の交通費を支出した。
(一) 同月二日、五日、六日の交通費合計三九〇〇円
一日当たり一三〇〇円(内訳・バス代三二〇円(一六〇円×二)、地下鉄代三八〇円(一九〇円×二)及び地下鉄代六〇〇円(三〇〇円×二))
(二) 同月九日の交通費
一四二〇円(内訳・バス代三二〇円(一六〇円×二)、地下鉄代三二〇円(一六〇円×二)、地下鉄代四〇〇円(二〇〇円×二)及びバス代三八〇円(一九〇円×二)
(三) 同月一〇日、一一日、一二日の交通費合計三二七〇円
一日当たり一〇九〇円(内訳・バス代三二〇円(一六〇円×二)、地下鉄代三八〇円(一九〇円×二)、地下鉄代二〇〇円及び地下鉄代一九〇円)
6(一) 控訴人は、同月一二日、被控訴人の作業現場である大阪大学病院の建設現場で作業中に怪我をし、そのため少なくとも三日間休業した。
(二) 控訴人の右怪我は、被控訴人の作業現場において作業中に負ったのであるから、控訴人は、被控訴人に対し、労働基準法七六条に基づき、三日分の休業補償六万九三七五円 {二万円+三一二五円)×三日}の請求権を取得した。
7 よって、控訴人は、被控訴人に対し、日当一四万円、時間外割増賃金一万二五〇〇円、交通費八五九〇円及び休業補償金六万九三七五円(合計二三万〇四六五円)並びにこれに対する弁済日の翌日である平成三年一二月三一日から支払済みまで年五パーセントの遅延損害金(以下「本件遅延損害金」という。)の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、被控訴人が控訴人との間で、控訴人主張の日に雇用契約を締結したことは認め、右契約内容については、同2(一)は認め、同2(二)は否認し(日当は、最低一万八〇〇〇円の約定であった。)、同2(三)は否認し、同2(四)、(五)は認める。
3 同3は認める。
4 同4は否認する。
5 同5は認める。
6 同6のうち、控訴人が控訴人主張の怪我をしたことは不知、その余は争う。
7(一) 同7は争う。
(二) 被控訴人は、控訴人が日当等を受け取りにこないので、控訴人に対し、控訴人が稼働した右期間中の日当及び交通費合計一三万四五九〇円を受領するよう書面をもって催告し、右書面は、平成四年一月九日、控訴人に到達したが、控訴人は右金額に不服を唱えてこれを受け取らなかったものであり、右の事情からすると、控訴人の本件遅延損害金請求権は発生しない。
第三証拠
本件記録中の原・当審における証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
一 請求原因1は当事者間に争いがない。
二1 控訴人が被控訴人との間で、平成三年一二月一日に雇用契約を締結したこと、右契約内容が同2(一)、(四)、(五)のとおりであることは当事者間に争いがない。
2 本件雇用契約の日当の約定について検討するに、控訴人は、本件雇用契約における日当の約定は二万円である旨主張する(右日当について、一万八〇〇〇円の限度で当事者間に争いがない。)。右主張に沿う証拠として、成立に争いのない(証拠略)・当審における控訴人本人の供述があるが、右各証拠は、原審における被控訴人代表者の供述(第一、二回)に照らし措信しがたく、他に控訴人主張の右事実を認めるに足る証拠はない。かえって、右争いない事実と原審における被控訴人代表者の供述(第一、二回)によると、被控訴人は、控訴人との間で、日当を最低一万八〇〇〇円とし、仕事の出来次第で最高二万円まで支払う旨約したことを認めることができる。
3 次に、時間外割増賃金の約定について検討するに、本件全記録を精査するも、被控訴人が控訴人との間で本件雇用契約締結時に控訴人主張の金額をもって時間外割増賃金を支払う旨約したことを認めるに足る証拠はない。かえって、控訴人が主張する時間外割増賃金の金額は、日当を二万円、一日の労働時間を八時間として、一時間当たりの賃金の二割五分増の金額を算出したものであることと原審における控訴人及び被控訴人代表者の各供述(いずれも第一回)を総合すると、本件雇用契約においては、残業をしたときは手当てを支払う旨約されたが、その金額について特に約定されることがなかったことを認めることができる。
三 日当請求について
同3の事実は当事者間に争いがないところ、右事実と本件雇用契約における日当の約定が最低一万八〇〇〇円であること及び右金額を超えて日当を増額すべき事実を認めるべき証拠がないことを総合すると、控訴人は、被控訴人に対し、合計一二万六〇〇〇円の日当請求権を有するものということができる。
四 時間外割増賃金請求について
控訴人は、被控訴人の業務命令に応じ、平成三年一二月九日、一〇日、一一日、一二日に各最低一時間の時間外労働を行った旨主張するところ、原(第一回)・当審における控訴人の供述によると、右時間外労働とは、大阪大学病院の作業現場における作業終了後に、同所において午後五時以降になされるミーティング(以下「本件ミーティング」という。)をいうものであることが認められるので、本件ミーティングが被控訴人の業務命令の下に行われた時間外労働に該当するかどうかを検討する。
前掲(証拠略)原(第一回)・当審における控訴人(一部)、原(第一回、第三回)・当審における被控訴人代表者の各供述及び弁論の全趣旨によると、被控訴人会社においては、作業現場における作業終了後、自家用車を持たない従業員を被控訴人の代表者余﨑照光(以下「余﨑」という。)が運転する自動車で最寄駅まで送っていくこととしているところ、右自動車を利用する従業員がそろうまで若干時間を要することがあること、右のような場合、余﨑は、出発を待っている従業員にビールを提供し、参集した従業員と雑談をすることとしているが、それが雑談で終わるときもあれば、当日の作業の反省と翌日の作業の段取りを話し合うに至ることもあること、右の機会がミーティング(本件ミーティング)と称されていること、右のようなミーティングの場がもたれたときでも、それに参加するかどうかは従業員の自由であり、被控訴人から出席するよう指示したことがないこと、自家用車で出勤している従業員は、右ミーティングに出席することはないこと、被控訴人会社においては、毎朝作業開始前に朝礼及びミーティングが行われ、その際、当日の作業の内容について説明がなされるので、前日の作業終了後に行われる右ミーティングに出席しなくとも作業に支障はないことを認めることができ、原(第一回)・当審における控訴人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によると、本件ミーティングは、通勤のために余﨑の運転する自動車を利用する従業員が右自動車が出発するまでの時間を利用しビールを飲みながら雑談する際に作業について話し合われることがあるというものであり、被控訴人において従業員に対し右ミーティングに出席することを強要するものでないし、また、従業員が右ミーティングに出席しなくとも自らが従事する作業の遂行に支障をきたすこともないということができ、これらのことからすると、本件ミーティングは、被控訴人の業務命令の下に行われた業務ということはできず、むしろ、被控訴人の好意によってもたれた作業後の慰労の性質を強くもつものというべきである。
そうすると、本件ミーティングへの参加を時間外労働と認めることはできないので、その余の点について判断するまでもなく控訴人の時間外割増賃金請求は理由がない。
五 交通費請求について
同5の事実については当事者間に争いがなく、右事実によると、控訴人は、被控訴人に対し、合計八五九〇円の交通費請求権を有するものということができる。
六 休業補償金請求について
控訴人は、被控訴人の作業現場である大阪大学病院の建設現場で作業中に怪我をした旨主張し、原(第一回)・当審において、概略、平成三年一二月一二日午後二時四〇分ころ、右作業現場の約二メートルの高さの足場の上でビデ(足場)を組む作業を単独でしていた際、右足場から足を踏みはずし、コンクリートの上に落下して左胸などを強打し、左第六肋骨々折等の傷害(以下「本件傷害」という。)を負った旨供述するとともに、同旨を記載した控訴人作成の(証拠略)及び右傷害の診断に関し作成された成立に争いのない(証拠略)を提出する。
しかし、(証拠略)及び控訴人の右供述には次のとおりの疑問点があり、右証拠をもって控訴人の右主張事実を到底認めるには至らない。
すなわち、当裁判所は、藤田医師作成の平成三年一二月一三日付け診断書(<証拠略>。<証拠略>の医師作成部分は同旨)に「左第六肋骨々折」等の記載がされていることから、控訴人が、はたして大阪大学病院の作業現場において、どのような態様で作業中に、どのような過程を経て右のような傷害を負うに至ったのかについて慎重かつ詳細に控訴人に問い質したのであるが、控訴人は、足を踏みはずした直前の動作について、結局、あいまいな供述に終始し、要領を得ないし、控訴人が、足を踏みはずして落下していったという状況についても、自分が立っていた足場から空間をはさんで約一メートル離れたところにある足場(幅約四〇センチメートル)のさらに向こう側にある空間から落ちたと供述する(ちなみに、足を踏みはずした場合、自己の立っていた足場の直近の空間から落下するのが通常である。)ところ、なに故、右のように離れた場所にある空間から落下したのかについて合理的な説明をなし得ないし、また、右の供述は、原審における控訴人の供述(第一回)とも異なること(平成四年一二月一六日の本人調書一八項)から、控訴人が控訴人主張の作業現場において足場から落下したということ自体疑わしいこと、控訴人の供述によるも、落下したのは二メートルの高さからであって、地面に至るまでには何本もの支柱があることからすると、仮に落下したとしても肋骨々折を生じせしめるような強い衝撃を受けたとは認め難いこと、控訴人は、本件傷害を負ったという時から二、三〇分後の午後三時ころには何ら負傷をした様子もなくビデを組む作業に従事しており、その際、余﨑から屋上の作業に加わるよう命ぜられたのに対し、本件傷害の存在を訴えることもなく右作業に従事したこと(当審における控訴人、被控訴人代表者の各供述)、控訴人は、その後も本件傷害について被控訴人に訴えることなく、通常どおり地下鉄の駅で余﨑と別れており、同月一三日午後七時ころになって初めて被控訴人に本件傷害について申し出ていること(原(第一、二回)・当審における被控訴人代表者の供述)、控訴人は、自らの権利主張を明確にし得ることは当審における訴訟活動からしても容易に認め得るところ、真実本件傷害を負っていたならば、なに故当日に被控訴人に申し出なかったのか不可思議であること(この点に関する控訴人の弁明は、控訴人の右のような態度に徴し何人をも納得させ得るものではない。)、控訴人作成の各陳述書(<証拠略>)において、右落下状況に関する説明がほとんどなされていないこと、以上の諸点を総合勘案すると、(証拠略)の記載及び控訴人の右供述は措信することはできない。そして、右のような疑問点と(証拠略)には、本件傷害の内容、程度を示す記載はあるが、本件傷害の発生原因については何ら記載がなく、左第六肋骨々折の所見はレントゲン所見であることは認められる(調査嘱託の結果)ものの、右骨折が同月一二日に負ったものであるかどうか認めるに足る証拠はなく、むしろ、同日以前に負っていたのではないかとの疑いも払拭できないこと(当審における被控訴人代表者の供述)、右骨折以外の傷病名は、同月一三日作成当時には記載されていなかったものであるが、うち左腸骨部打撲(左臀部痛)については同月一九日に、両膝・右下腿・右肘打撲(右各部位疼痛)については同月二一日に控訴人から訴えがあり書き加えられたものであること(調査嘱託の結果)、レントゲン所見上左第六肋骨々折が認められたというものの、初診日には消炎鎮痛剤等五日分の投与がされ、その後湿布薬を数回投与されているのみであって、傷害の内容、程度の割には治療の内容が簡単であること(同)を総合勘案すると、(証拠略)の本件傷害の記載をもって、右傷害が控訴人主張のような経緯をもって負ったものであるとは認めるに至らないのである。そうすると、控訴人が被控訴人の作業現場において作業に従事中に本件傷害を負ったことを認めることはできず、他に本件業務災害を認めるに足る証拠はない。
よって、休業補償金請求はその余の点について判断するまでもなく理由はない。
七 本件遅延損害金請求について
被控訴人は、控訴人に対し、日当合計一二万六〇〇〇円及び交通費合計八五九〇円(合計一三万四五九〇円)の支払義務を負うものであるところ、被控訴人における日当等の支払は被控訴人方において支払うものであり(弁論の全趣旨)、控訴人が支払期日である平成三年一二月三〇日に右日当等を受領するため被控訴人方に赴いたことについては主張立証がなく(弁論の全趣旨によると、控訴人は赴かなかったことをうかがうことができる。)、かえって被控訴人は、控訴人に対し、平成四年一月九日到達の書面をもって右金員の受領を催告したのに、控訴人が右金額を不服として受領しなかった(争いがない。)ことを総合すると、被控訴人の控訴人に対する右日当等の支払義務は履行遅滞に陥っていないものということができるから、本件遅延損害金請求は理由がない。
八 以上の次第で、控訴人の本訴請求は、日当一二万六〇〇〇円及び交通費八五九〇円(合計一三万四五九〇円)の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきであるところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 黒津英明 裁判官 太田敬司)